優しい彼女



きっとこれが、あたしの求めてた恋なんだ。
そう思ったのが、ついこの間の金曜日。

あなたに出会ったんだ。


その日、いつものようにバスに乗って学校へ向かった。
何も変わらない平日の朝。

大学に着くと、何人かの女子が群がっているのを見つけた。なんだ?この群集は。
みんな携帯片手に、参加費がなんとか、とか、集合は何時だ、とかそういう言葉が飛び交っている。
よく見てみると、女友達の日和と奈央がその中心にいるではないか。
なんだか背中に悪寒が走った。

案の定、その5分後に二人につかまったあたしは、超大人数で開かれる合コンに無理矢理参加させられることになる。

あたし、柳井透子、22歳。大学生活最後の冬休みは、就職活動に追われていた。
そんな時、誘われた合コン。全く行きたくもないのに、しぶしぶ腕をひかれ、夕方4時に都内のレストランに入った。

人がうじゃうじゃいる。気が重い。
きゃあきゃあ言う若者をよそ目に見て、顔色を変えない一人の女・・・まったく場違い極まりない。

なんだか大きな部屋を貸しきって行なわれるらしいが、何かの番組収録かと思うほど、人が多すぎる。
あたしは、一番隅っこに座って、あまり上を向かずに座っていた。
友人二人といえば、またもや中心で何かしきっている。
ほんとにあたしは何であんな正反対の二人と友達になったのだろう・・・

そのうち合コンが始まって、自己紹介だの、カラオケだの、王様ゲームだの、
いよいよ居場所がないと感じたあたしは、そーっと部屋を出た。

重い扉をしめると廊下は、しんと静まり返っているように感じられた。

昔からあたしは、よくこうやって皆の輪から外れて、まるで宴会のような雰囲気を遠くから感じるのが好きだった。
ふぅ、と溜め息をついて、大きな階段を下りる。

後ろにざわめきを受けながら、一段一段、階段を下りる。
その時、あたしはふと足をとめた。

顔を上げると、誰か、男の人が階段を登ってくる。
その瞬間、あたしは彼と目が合った。



それは、今まで感じたことのない気持ちだった。
一瞬にして、あたしは彼に目を奪われてしまった。

なんて、優しい顔なんだろう。

じーっと見つめているあたしに先に声をかけてきたのは彼だった。
「君も抜け出したんだ?」
彼は言葉を続けた。
「なんか、ついていけなくなっちゃったからね」
やっとあたしは口を開いた。
「そうだね」

すると彼は、ビックリする様な事を言ってきた。
「一緒に外、出ない?」

外に出てみると、冬特有の匂いが鼻をくすぐった。
懐かしい匂い。
白い息を吐きながら、足を踏み出した。

あたしは、さっき感じた、彼の優しい顔を見たときに感じた思いを反すうしていた。
あんなに心地いい感情は、一体あたしの体のどこから湧いてきたんだろう。
あたしは少し感づいていた。というより、確信していた。
今日合コンにきたのは、彼に会うためだったんじゃないか、と。

あたしがそんなことを考えているうちに先に口を開いたのは、また彼だった。
「僕は、桜井和寿25歳、会社員」
どっかで聞いたことのある名前だと思った。
「友達に無理矢理つれてかれてさ」
あたしは無言で頷く。

「君は?」

ドキッとして、思わず顔を上げた。
あの優しい顔の彼は、少し微笑みながらこっちを見ていた。
「柳井透子、22歳、です」
頭の隅で25という数字が残っていたらしく、急に敬語になった。
「そっか。よろしく」
彼は握手を求めるように手を出した。あたしも、静かに手を出した。

不思議なことに、彼といると、何も考えられなくなる。
何も考えられなくなるというより、彼のことしか、考えられなくなる。

手を出すなら、恋が始まってしまうなんてことも、もちろん分かってたはずなんだけど。

彼の手はやっぱり暖かかった。冷え性のあたしの手は、相当冷たかったに違いない。


出会ってその時間およそ15分、あたしは、恋をした。
しかも、一目惚れだ。
なんだか自分が情けなく感じる。でも、同時に誇らしくも感じる。
この世界で、この人だ!と思える人と、偶然出会えたこと。
こんな自分でもあんなに素敵な気持ちになれたことが嬉しい。


あたしたちはしばらく街を歩いた。
街はクリスマス一色で、あたしは、‘恋人をとなりに歩く彼女’の気持ちになった。
少し肩がぶつかる程度の距離で、あたしは右半身が緊張しているのがはっきり分かった。

信号で立ち止った彼は、横断歩道を見ながら、ぼそりと言った。
「メール」
「え?」
とっさに聞き返す。
「メールアドレスさ、教えてもいい?」
教えてもいい?変な質問だ。このとき、あたしの中でも変な考えが浮かんだ。
もしかして、彼も・・・?

そんなことは勿論到底言えず、あたしはただ「はい」と答えた。
彼は手帳に名前とアドレスと、携帯の番号を書いて渡してきた。
字が汚いなぁ。
「ありがとう」
ちょっとだけ、笑ってみた。彼はどう思うかな、とか思ったから。
今でもこの不器用で無口な性格は損だと思う。

普段なら、メールアドレスを出会ってすぐ聞いてくる男には一発殴るぐらいの憤りを感じてたけど、
この人には感じなかった。
優しさが彼を包んでいた。

横断歩道を渡ると、少し狭い小路に入る。
冬は日照時間が減るから、辺りはだいぶ暗くなっていた。
寒さも深まり、気温は相当低かっただろう。

その時、あたしの手と彼の手が、一瞬触れた。
それだけで、あたしの胸は、ぎゅーっと締め付けられるほどに高鳴った。
あれ?どうやら彼も、不器用と見た。気まずそうに顔をそらしたのが見えてしまった。
なぁんだ。お互い様じゃない。

あっと気付いたそぶりを見せて彼が言った。
「冷たいね」
「冷え性だから」
ポケットに手を突っ込んで手袋を出した。彼は大きいけど、と言いながら貸してくれた。
ちょっと遅いような気もする。でも、それはそれでとっても嬉しかった。

その後、小さい公園のベンチに座って、少し話をした。

学校のこと、仕事のこと、性格のこと、恋愛のこと。

彼は話がとても上手くて、静かに話す人だった。
まるで、子守唄を聴いてるかのように、あたしの心は落ち着いていた。

そして、こんなことを言わせたんだ。

「本当に、優しいね」

本心で出た言葉、でも、初対面の人にこの状況で言うセリフではない。
もはや、告白にも近い響きじゃないか。
言った後に、はっとして彼を見る。
彼は、ちょっと驚いた顔をして、そして、とても社会に出た25歳の男とも思えないような笑顔を見せた。
あたしの心を見透かしたのか、彼は少しあたしとの距離を縮めるかのようにして座りなおした。
こっちは、心臓の音が凄まじく鳴っているって言うのに。
そして、静かに言った。

「君も十分優しいよ」

この一言で、全てが報われた気がした。
その言葉は、あたしが今まで求めていた言葉だった。
余りにも不意に届いた贈り物に、不覚にもあたしは涙を流してしまった。
幸い暗くなっていたし、マフラーで顔を隠したから、涙は拭けたけど。

そしてあたしは、決心していた。この人と、ずーっと一緒にいる。
何があっても。

「ありがとう」
この言葉に、全ての思いを乗せて彼に返した。

それから、あたし達はレストランに戻らずに別れた。



家に帰ってから、彼に手袋を返すのを忘れたことに気付く。
でも、あたしはまた会える口実ができたと、正直めちゃくちゃ喜んでいた。
これこそ、恋と言うものだ。


あれから3日が過ぎた。
今日は月曜日。めずらしく就職活動も休み、久々に買い物でも行くかと家を出た。

メールは、送る勇気が出なかった。
彼になら、送れるかと思ったんだけど・・・不器用は損だ。

あたしは優しいのだろうか?
あの時言われたことを思い出してみた。
自分が優しい人間だと思っていなかったけど、周りの皆から一度も言われたことがなかったから、
少し自信をなくしていたんだ。
優しい人間は、彼だけなんじゃないかとも思えてくる。
彼は、本当に優しい。


人は恋をすると、なんでも相手を中心に物事を展開しだすものだ。
あたしは、買い物をしながら頭の中で「彼にプレゼントするならどれだ?」、とか
「どうやってあげたら一番喜ばれるか」とか、そういう妄想をしまくっていた。
まだ両思いにもなっていないのに。

ただそれだけで幸せだった。
顔がほころんでいるのが、自分でもわかったほど。



その晩、勇気を出して、彼にメールを打ってみた。
画面に、一文字打っては、また消して、を繰り返して、つたない文章が出来上がっていく。
結局15分かけてできた文章はこうだった。

 「お久しぶりです。元気ですか?
 あの時借りた手袋を返すの忘れてしまったので、お返ししたいのですが
 都合のいい日にち教えてくれますか?
 遅くにすみません。 トーコ」

送信ボタンを押す瞬間まで、あたしの頭は緊張と期待でごちゃごちゃになった。

返信メールは、それから30分くらいしてから届いた。

 「こんばんは。
 メールくれて嬉しかったよ。
 手袋は急がないけど、じゃあ明後日の夕方に、この間のレストラン前でもらおうかな。
 学校終わったら、メールちょうだい。
 それと、敬語は使わなくていいよ。なんか緊張するから」

一文字一文字丁寧に読む。
あぁ、なんか、彼氏みたいだ。
この口調は彼氏と違いないじゃないか。
嬉しいような、ちょっと複雑な心境になる。とりあえず、敬語は使わないことにしよう。

彼に手袋を返すとき、何ていおう?
「ありがとう。」だけじゃ、物足りない。
でもあまり必要以上のことを言ってしまったら、なんだか解かられてしまいそうで怖い。
彼に気持ちを伝えるのは、まだ早いような気がする・・・。



あっという間に水曜日になった。
学校は3時40分に終わった。メールを送って、現場に直行。
彼は、もうそこで待っていた。

ライトアップを背に受けて、そこはまるで別世界のように輝いていた。
あたしは、少し寂しくなった。

あたしの汚れてしまった心には明るすぎる世界。
あたしの中にある闇は、彼には解かってもらえないかも知れない。
あたしは、本当は全然優しくなんかない、醜い人間なのかもしれない。

綺麗に光る街灯の下で、あたしは汚いことばっかり考えていた。
彼は、あんなに綺麗なのに。

突っ立っていたあたしを見つけた彼が、心配そうに近づいてきた。
「どうした?」

それもそのはず、あたしは、不覚にも泣いてしまってた。
だって、悲しくなったんだもん。
その瞬間だけ自分が嫌いになってしまったんだ。

そして彼にこう言った。
「ごめんね」



彼に悪いことは何もしていない事は知ってる。
ただ、あたしの方が勝手に申し訳ない気持ちになっただけ。
彼は、何がなんだかわかんなかっただろう。
あたしのことを、訳のわからない女の子だと思っただろう。

彼と一緒にいたら、自分が惨めな気持ちになるかもしれない。
でも、彼なら、一緒に歩いてくれるかもしれない。
あたしはその二つの考えの間で揺れていた。







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